「箱根に吹くバリの風・黄金の森の調べ」
~ガムラン・オーボエ・バリ舞踊スペシャルジョイントライブ~

夏の夜、バリ島の風をみなさまにお届けします。
ガムランのきらめく黄金の音色とバリ舞踊。
バリの芸能は日々の感謝の祈りからうまれ、その多様さと美しさは曼荼羅のようです。
ガムランを演奏するのは、このライブのために集った日本を代表するガムラン奏者のスーパーユニット『バリガムランクラブ』。
踊り手は小泉ちづこと根津聖羅。

↓2013年のイベントの様子

今年はバリ島在住のオーボエ奏者tomocaが加わり、さらに色鮮やかな魅力的なライブに。
バリ島のおだやかな日常の空気と活気溢れる生命のざわめきを感じる不思議な夜。
心身を潤すライブを、箱根の緑香る夜にお楽しみください。

8月7日(金)
「箱根に吹くバリの風・黄金の森の調べ」
~ガムラン・オーボエ・バリ舞踊スペシャルジョイントライブ~

※7月7日(火)10時より予約受付開始いたします。
※通常の宿泊料金に +¥5000となります。
★演奏会後にお酒をおたのしみ下さいませ。(飲み放題)

ご興味のある方は、是非お問い合わせ下さいませ。

箱根吟遊:0460-82-3355

<出演>

バリ舞踊:小泉ちづこ 根津聖羅
ガムラン:バリガムランクラブ(鳥居誠 濱元智行 他2名)
オーボエ:tomoca

<主な出演者プロフィール>

小泉ちづこ(バリ舞踊)

横浜市生まれ。現在、千葉県南房総市千倉在住。劇団民藝(みんげい)在団中にバリ舞踊を始める。退団後、2001年から2年間インドネシア国立芸術大学舞踊科に留学。
生命のルーツ、根源的な祈りの喜びを大切に、舞踊家として古典形式と作品の世界を探求し続ける。
近年ではバリ舞踊形式を用いての新たな表現の模索とバリ舞踊の枠を外した舞踊の試みを展開していくとともに創作活動にも力を注いでいる。
様々な公演出演のほかバリ舞踊教室での講師や舞台のディレクションなど幅広く活動。
バリ舞踊教室/企画チプタ・ブミ主宰。


tomoca(オーボエ奏者)

http://homepage2.nifty.com/tomoca/index.html

3歳でピアノ、13歳でオーボエに出会う。
桐朋学園大学でクラシック音楽を学び、卒業後、
国内外のミュージシャンに導かれインプロビゼーションを学ぶ。
2001年ライブ活動をスタート。
2005年「Aqui」でCDデビュー。
2009年「Lotus」をリリース。
多彩な編曲でアレンジャーとしての高評を博す。
2013年 久保田麻琴Produceアジアの名曲を集めた「PURNAMA」リリース。
2014年 全曲バリ島録音・セルフプロデュース「Cantica」リリース。
オリジナリティ溢れる表現の追求・進化を続け、2012年からはバリ島⇔東京の2住生活。作曲はバリ島のスタジオで行っている。
日本ではライブ活動の他、スタジオミュージシャン(広多智香)としても活動。これまでの録音は数千曲に及ぶ。
この数年、確立されてきたオリエンタルでエスニックなtomocaワールドはリスナーの想像力をかき立て自由な音旅へと誘(いざな)う。


濱元智行(ガムラン、パーカッション奏者)

大学時代にガムランと出会い、バリ島への渡航を重ね研鑽を積む。
国内ではガムランを皆川厚一に師事し、現在「TAIKUH JIKANG」や「ウロツテノヤ子」、和田啓主宰「南洋神楽プロジェクト」、パーカッショニストAi(ooioo)率いる「OLAibi」などで活躍中。
民族音楽や古典という枠にとらわれず、朝崎郁恵、UA、梅津和時、熊谷和徳、外山明、新井田耕造、吉田ダイキチ、 YOSHIMI(boredoms/ooioo)など様々なジャンルのアーティストと共演し、高い評価を得ている。
また近年ではパーカッションを和田啓に師事し、日本ではまだ数少ないアラビックパーカッション奏者としても精力的に活動している。


鳥居誠(ガムラン奏者)

1958年山田流鳥居家の次男として東京で生まれる。
幼少より山田流箏曲の手ほどきを受ける。1967~69年に親の仕事でアメリカで生活。渡米中にT. Ranganathanに南インドのムリダンガムを、また同時にプラウト師等にジャワ島のガムランを師事。アメリカより帰国後は杵屋勝一郎師に長唄三味線、田中如童師に琴古流尺八を師事。東京芸術大学邦楽課に琴古流尺八で入学。大学では山口五郎師、青木鈴慕師に師事。同大学院卒。在学中にバリ島にてバリのガムランと出会い、その後は日本初のバリガムラン演奏グループ国立音楽大学バリガムランクラブ(現Sekar Jepun)発足に貢献。大学院卒業後にはジャワガムラン研究家の田村史子氏、現代邦楽研究所の森重行敏氏らとともに音工場HANEDAを設立し、日本初の一般向けガムラン講座を開設。設立後はビクターエンタテインメント(株)の制作ディレクターとして仕事をする傍らバリ島のガムラン演奏の活動を続け、バリ島の芸術祭Pesta Kesenian Baliにも3度公演。1992年に青森県森田村の野外円形劇場のイベントで細野晴臣氏のグループに参加。その後環太平洋モンゴロイドユニットのメンバーとして猿田彦フォーラムなどでの多数の公演に参加。ガムラン演奏・企画&フリーの企画・制作プロデューサーとして現在に至る。自称ガムラン演奏屋。